浦島太郎伝説の謎   
浦島太郎が訪れた所、昴星(プレアデス)
畢星アルデバラン)の小人が訪問していた星とはどこ?!

「龍宮城 田原藤太秀郷(たわらとうたひでさと)に三種の土産を贈」
一勇斎(歌川)国芳 大判三枚続 安政五年








 日本古代を解明する鍵は、「後漢書」「魏志倭人伝」など、中国の歴史書を除いては、「古事記」「日本書記」がまず第1級の資料となる。「古事記」は、西暦712年、「日本書紀」は西暦720年に編纂された。あわせて「記紀」というが、これを抜きにしては、日本古代史を語ることはできない。ついで3番目に「風土記」がくる。
 「風土記」は聖武天皇の時代に各国ごとに編纂するように命じた地誌のようなものだ。その中で「丹後風土記」は8世紀の半ばから末頃の成立と考えられる。

この古代史解明の第1級の資料、「古事記」「日本書記」、そして聖武天皇の勅命による、大和朝廷の公文書である「丹後風土記」に登場していたのが、「浦島太郎伝説」のオリジナル「浦の嶼子(しまこ)」の話である。


日本書記に登場する.「浦の嶼子(しまこ)」





以下にその「丹後風土記」の中の「浦の嶼子(しまこ)」の話の重要部分の抜粋を引用紹介すると・・・。




1.誰でもが皆よく知っている「浦島太郎」のオリジナルは「丹後風土記」の中の「浦の嶼子(しまこ)[ちなみに、しま子は男性である、浦島の子の意]」の話である。
 聖武天皇の勅命によって、各国の国司が編纂した「風土記」のひとつ「丹後風土記」は大和朝廷の公文書である。

2.その「丹後風土記の撰述者「伊預部の馬飼いの連(むらじ)」は日本最初の法令集「大宝律令」、日本最初の漢詩集「懐風藻」の編集にも携わっている。 当該国の国司も勤めたこともある人物で、当時の任地について詳しい知識をもっていた人物だ。
.物語の主人公の「浦の嶼子」は、単なる漁師ではなく、日下部の首の始祖だと説明している。「新撰 姓氏録」では、日下部氏は、首、すくね、連(むらじ)などの姓(かばね)があるが、開化天皇の子孫で、彦坐命(ひこいますのみこと)の末裔(まつえい)で、天皇の子孫にあたる姓である。つまり「浦の嶼子(しまこ)」が充分に信用できる人物であることを強調しているのだ。
4..「浦の嶼子(しまこ)」が雄略天皇の時代の人だと断っている。これは「日本書紀」によれば、雄略22年のことだとしてあるから、西暦478年のことになるが若干のずれも考えられる。
.5色の亀が登場している。お伽草子のように、その亀に乗って行ったわけではない。「日本書紀」はこれを大亀と書いている。円盤状の乗物を古代的に描写したものと考えられる。そこに突然、亀比賣(かめひめ)が現われる。
6.亀比賣(かめひめ)は、はっきり「天上仙家の人」と名乗っている。宇宙から来た意味と考えられる。
7.「浦の嶼子(しまこ)」は「天上仙家」へ連れて行かれる際と、そして帰還する際に、亀比賣(かめひめ)に眠らされる。これは、恒星間航行における 人工冬眠と考えられる。
8.「浦の嶼子(しまこ)」が目を覚ますと、たちまち海中の大きな島に至った。「その地は、玉を敷き詰めたようで、闕台(けつだい)は、あん映として、楼堂は玲瓏(れいろう)として、今まで目で見たこともなければ、耳で聞いたこともない所」だったとしている。点滅してイルミネーションのあるビルや、ライトアップされたタワーが舗装された地面に立っていて、これまで見たことも聞いたこともない場所だったというのだ。
9.そこには、昴星(ぼうせい)=プレアデス星団、畢星(ひつせい)=おうし座アルファー星アルデバランの小人のような人が訪問していた。
10.「浦の嶼子(しまこ)」は、その「天上仙家」で、夢のような3年間を、亀比賣(かめひめ)と夫婦として過ごす。
11.「浦の嶼子(しまこ)」いよいよ地球へ戻ることになる。だが故郷では300年も経ってしまっており、誰も彼を知らないのだ。3年間が300年の経過となっていた。
 これは、「ローレンツの収縮」の原理で合理的に説明できる。LORENZ/TRANSFORMATION

 この式で、t’は変換された時間、Cは真空中の光速度、Vは運動体の速度、XはX座標上の距離。亜高速で近づけば近づくほど、船内時間が短縮していく。その結果、地球にいる観測者からみると300年でも、その亜高速の運動体-つまり宇宙船の中では、3年しか経過していないことになる。高速の99.99999%というような亜高速でないと、「ロ-レンツの収縮」は起こらない。 
 「浦の嶼子(しまこ)」はこうした亜高速の宇宙船で「天上仙家」へ運ばれたと解釈し、300年が、3年になった奇跡の説明がつくのだ。


12.帰還後に「浦の嶼子(しまこ)」は禁じられていたにもかかわらず、玉匣(たまくしげ)を開いてしまう。そして、そこにいないはずの亀比賣(かめひめ)に向かって、歌いかける。すると亀比賣(かめひめ)は、「遥かに芳しい声を飛ばして」歌で答えてきた。玉匣(たまくしげ)は現代の通信機のようなものと考えられる。 そこに存在しない亀比賣(かめひめ)の声が聞こえたのであるから。



「浦の嶼子(しまこ)」は8世紀当時の日本人にとって有名人だったと考えられる。300年前の過去から、奇跡の生還をした人物として、「風土記」、「日本書紀」、「万葉集」にとりあげられている点から判断される。

それぞれの文献によって記述に若干の差異がある。しかし300年という点に関していえば同じ立場をとっている。

実際、300年前、「日本書紀」によれば「浦の嶼子(しまこ)」が雄略天皇の時代の人だと断っている。雄略22年のことだとしてあるから、西暦478年のことになるが若干のずれも考えられる。

日本書紀の紀年を信じれば、西暦478年から、8世紀当時の人々の前へやって来た過去の人ということになる。


「浦の嶼子(しまこ)」の末路は、その場で死んでしまったとするのは「万葉集」だけで他の文献は何も語っていない。・・・







項目 丹後風土記 日本書記 万葉集
主人公
(うらしまたろう)
 筒川の嶼子(しまこ)
いわゆる
「水江浦の嶼子(しまこ)」
瑞江の
浦 島子
水江の
浦島の子
主人公が
出会った女
五色の亀が女になったのか、
亀から女が出てきた
亀比賣(かめひめ)
大亀から出てきたか、
大亀が女になった
海若の
神の女
主人公が
行った場所
天上仙家(蓬山)
宇宙
蓬莱山 常世「神の宮」
主人公が
戻る際に
貰ったもの
(たまてばこ)
玉匣(たまくしげ)
開けると亀比賣(かめひめ)の声が
聞こえてきた
玉匣
開けると老化が進行して死亡





万葉集の中にも浦島伝説が・・・




















参考文献:青春出版社 豊田有恒 神話の痕跡 






旧約聖書のイザヤにも浦島効果が!





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